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歳徳神とんど行事
歳徳神または歳神を祀る行事は、農漁村で随分古くから行われていた。
五穀豊穣、家内安全はすべて神が司ると信じられていた当時において、まず一月の歳神さんの祭り、田の神の祭りから始められ、その後の年中行事のほとんどが神を祀ることにあったのは、当然のことである。
まず松江市でも農村部では、一月になると必ず歳徳宮を納めた宮庫を開き掃除をした上、いろいろな供え物をし、門松を立て、注連を張りその前で鼕を叩く。
とんどの日まで叩くがその間、村の中も叩いて廻る。
とんどの日になると、宮庫から宮を出して村中を練り歩き、村の広場に立てられた神木まで運ぶ。
そして神木のまわりに集めた各家庭の注連飾りをはやす(焼く)。この行事も昔を較べて簡素化され小規模になっている。
そしてとんどの日も以前は十五日頃であったが、現在では五日か七日に行う地区が多くなっている。
さて町方では、当初は、正月に行っていたと思われるが、明治年間には、二月十一日(当時の紀元節)、十一月三日(当時の天長節)に宮庫を開いている。
このように町方の行事の日が違ってきた理由として考えられるのは、農村部においての農耕生活と歳徳神信仰とが素朴な形でつながっているのに対して、町方では、国民的な祝祭日とつながっていたからこのような日になったのではなかろうか。 |
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