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鼕のたたき方
鼕は、“鼕のぶち”といって、桐材の長さ一尺(約五十センチ)、直径一寸(約五センチ)位のもので叩く。
大人の叩き方は、石橋三丁目が始めたと言われている。
採譜・録音等されているが文字の表現は困難である。
子どもの叩き方は、ただ「デレスコデンノデン、ズデデンノデン」と、叩くのとミタミタ節を唄って叩くのと二種あった。
「ミタミイイタ、ミイタミタ」と歌い出す調子は面白いが、歌詞の内容が低俗だったので、次の様な替え歌が唄われた。
「山、やああま、やあま山、山越え里越え、さあと行き、さあとの土産は何々ぞ、ビンビラ太鼓にしょうの笛、トウトウト」(松江の子守歌と同歌詞)「かあたかあた、かあたかた、堅気の袴でおいでてね。星上別所で飯とって、その手でおしゃかのだんごこねた。トウトウト」などがある。
昭和三十二年頃、旧来のミタミタ節をあきたらなく思った万代町の高木清氏は、新しく歌詞を作って、大正町の鼕叩きに振り付けし、鼕行列に参加して好評を博した。
歌詞の内には、「城山のお堀のみどりの松の蔭で、白鳥がそっと恋のささやきをしている」といったものもあった。 |
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